人を変化させるための力

 アメリカ留学中、ロジャー・クリスチャンセンと出会った。大学教員であった彼は、私にセルフ・エスティームについて教えてくれた人でもある。彼は、キャンパスで私を見かける度に、近寄ってきて肩を抱き、「You are my best friend!」といって、愛と関心を示してくれたものだった。

 彼は私に「お前はほんとうに素晴らしい価値を持っているんだよ」と教え、よく昼食のサンドイッチをおごってくれた。今でも砂糖漬けの甘いサンドイッチの味とともに、優しかった彼を思い出す。

 のちに、私は大学教員となり、アメリカにいるロジャーを訪ねた。彼はLAまで私を迎えに来て、その後、いっしょにサンディエゴまで行くことになった。私は、車の中でセルフ・エスティームについて、いくつかの質問をした。そのときロジャーは、「ジェイクの話」をしてくれた。

 「ジェイクという忘れられない少年がいた。私はそのころ犯罪を行った少年や少女をキャンプに連れていく仕事をしていた。明日、キャンプに出かけるという前の晩、ソーシャルワーカーから電話があり、『あともう一人の子を連れて行ってほしい』と依頼された。それがジェイクだった。

 翌朝、髪の毛を逆立てて、顔をあらゆる装飾品で飾り、革ジャンパー姿でブーツにナイフを忍ばせたジェイクがやってきた。私たちは、簡単に自己紹介を済ませた後、すぐにキャンプ地へと向かった。1日目の夜、私たちのグループは、みんなで協力してテントを張り、食事を準備し、テーブルを囲んでいっしょに食べた。ジェイクは、ほかの子どもたちから特に恐れられているようで、だれも彼に近づこうとはしなかった。私はじっとジェイクを観察していた。あるとき隣の女の子がフォークを落としたとき、ジェイクは、その子のフォークを拾ってあげた。私は食後のミーティングのとき、そのことをメンバーたちの前で取り上げ、ジェイクをほめた。するとジェイクは『なぜ、俺のことをみているんだ!』と怒りをあらわにした。

 その後、2日目、3日目とグループでの活動が進んでいく度に、ジェイクの髪の逆立ちかげんも落ち着き、いつしか彼は、グループのメンバーたちの人気者になっていった。メンバーのみんながジェイクはもう川のジャンパーもブーツもナイフも必要としていなかった。そこに、仲間の強いつながりがあったからだった。

 私は何度もジェイクの肩を抱きしめ、こういった。『ジェイク、お前には可能性があふれている。もし自分で選ぶならば、これからお前は、どんな人間にでもなれるんだよ。』

 やがてキャンプ最終日の夜が過ぎ、朝を迎えみんなは帰りの支度を始めた。驚いたことにジェイクは、来たときと全く同じ格好に戻っていた。髪の毛は逆立ち、革ジャンパーにブーツ姿、そしてナイフも忘れなかった。そのとき私は、ほんとうに落胆したが、最後にもう一度、ジェイクを抱きしめ、心を込めていった。

 『ジェイク、覚えておいてほしい。お前はすばらしい価値ある存在なんだ。もし選ぶならば、これからどんな人生だって選べるんだよ』

 そして彼に別れを告げた。

 あれから何年か過ぎ、いつしかジェイクのことは記憶の彼方にあった。しかしあるとき、私は路上で見知らぬ青年に呼び止められた。最初は誰か思い出せなかったが、それがジェイクであることを彼が告げた。すばらしい青年がそこに立っていた。彼はキャンプでの思い出を語り、私に感謝の気持ちを表してくれた。あのときほど、人間の可能性というものを感じたことはなかった」